ロード家 01
生物は繁殖し、己の遺伝子を子に伝え、その数を増やすものである。
はじまりの、彼の人の話。
時が過ぎれば数は増える。彼らは考え方の違いでいくつもの団体に分かれ、互いに敵対した。
ある人が言った。
「争っていても仕方ないだろう。『掟』にもあるように互いの欠点を埋め合えばよい話ではないか」
それに生物たちは頷き、争いは止んだ。
しかし生物たちはまた争い始め、また同じようにしてその熱は静められた。
それが交互に繰り返された時代が幾千年も続いた。これを「不和循環期」という。土地の争いや、後継を巡る争いなど、利潤を奪い合う不可避な争いは延々と続いた。
しかしここに終止符を打ったのは、ゼルザ=ロードという、一人の男だった。
ロード家は代々小さな“村”の首長だった。そこにある日生まれたゼルザは、村の首長ではもったいないくらいの知力と胆力を生まれながらに備えていた。
彼は生物一人一人に説いて回り、争いを抑えた。そして皆が話し合う場が有るように、会議の場を設けた。会議を統率するために議長を任命、それを中心として大きな「政府」を形成、更に彼は、「政府」は『掟』に基づいて動くこと、老若男女などの差別は一切しないこと、などを示した『政治書』を著した。それぞれの管理職には『掟』と『書』に基づいて種族を問わず性別を問わず、様々な者達が就いた。
「政府」を組織する者の多くは国や地方の長だったため、一見するとそれぞれの国が同盟を組んでいるようだった。このことから、この政府は『連合軍』という名で呼ばれている。
生存するためには仲間が必要。仲間を作るには”約束”が必要。仲間と結合して進歩するには代表者が必要である。
そしてその代表者が集まり討論し、生物たちを導く場が『連合軍』である。
礼儀に基づき築かれた『連合軍』は、平和のため民のために存在するはずなのである。しかしさらに技術が進歩し世界が栄えるにつれ、その定理は崩壊してゆくのである。
だがロード家は、ゼルザの活躍によってその勢力を強めて繁栄し、さらにその子孫によって伝説の一族にまで引き上げられるのである。
少し前に遡るが、一つの銀河の中に『カオス』が形成された。それは数個の光を持つ恒星(太陽)を生みだし、また光を持たない惑星を生み出した。
それと同時に全ての星の大地である『ガイア』、暗黒『タルタロス』が誕生した。
これから始まる神々は、「神々」と崇められることもあるが正しくは抽象神と呼ばれる。神々は宇宙中の生物よりも格段に優れた力を持っていた。未熟な地球の地殻を動かし、ゆっくりと大きく開拓していった。
だいたいの環境が整うと、居住に適した『地球』を主な住処として選んだ。主に今のヨーロッパにあたる地域に本拠を構え、神々は世界を統治した。
神々は生物の進化を見守り、地球を育てていった。
それからまもなく、二つの生命体が抽象神によって招かれた。
アスハ=ロードとレイ=ロードである。
彼らは抽象神の血筋ではないが、神々に匹敵する力をその中に秘めていた。それ故に彼らは地球の生物から「神」と崇められた。
アスハ=ロードは武術と呪術を主に得意とし、レイ=ロードは体術と魔法を主に得意とした。
アスハは金色から深紅に色が変わる髪と、緑色の瞳をしている。完全体は金色のたてがみを持つグリフォン、翼のあるライオンである。快活な男で、しかし数多の生物の上に立つことを良く理解している。
木や他の生物の上で昼寝をしたり、レイから頼まれた仕事をせずにずっと生物たちと話し込んで過ごしたりするのが彼の趣味である。それでいて生物に、自分たちの立場が彼より上だと思わせてはいけないことを彼は分かっている。あくまで、彼の意思に沿った行動を世界にとってもらわなければならないからだ。話すことで生物に、生物が持つ以上の知識を与え、彼が上であると常に思わせておかなければならない。彼は生物とより親密な交流をして、生物をどうやって、その数を減らさずに良い方向に成長させるかを、経験を躰で積んで頭で常に考えている。
レイは黒い髪と瞳を持つ。彼女の性格はアスハとは逆で、何事もスケジュールを組んで行動しないとイライラする、神経質な性格である。ただ、彼女の髪はとても長いし、癖毛が多いのであちこちはねたりねじれたりしているのだが、彼女の神経を逆立てることはない。彼女が一番腹を立てるのはアスハの怠惰な暮らしぶりがほとんどである。
加えて、レイは動物愛護主義者である。正しくは”生物愛護主義者”なのだが、「神」が食べる生物の数は必要不可欠なだけ、と確り決めている。生態系に影響を与えてはならないからだ。
しかし、アスハは皮革が好きで、しょっちゅう動物を捕まえては何かしらに加工している。彼は、彼らが生きるために必要な生物の数を超えて、“必要な”アクセサリーなどを作っている。これにレイが激怒するのである。彼女の動物愛護主義にはアスハは完全に閉口しているのだが、それでも彼女の目を盗んで狩りに出るところが、彼の性格をよく表しているだろう。
二人には地球で生まれた五人の児がいた。アスハは一人目の児の出産予定日まで忘れていたが、カルトが妊娠してから出産するまで最短で20年、最長で50年かかる。カルトにとって気候の移り変わりは大切だが、一日という長さはとても短くて、記念“日”などの概念はあまりない。正しくは、アスハはそのころ出産予定日前一年にさしかかっていることを忘れていたのだ。
宇宙では一般に、児は受精卵の時に躰内から摘出して育卵球という機械に入れて育てる。(後述)そのほうが母親の躰にかかる負担をより軽くできるからだ。この機械も呪術によって動いている。
アスハもレイも、“神”であることよりも宇宙にも数少ない“高い能力者”であることに自信を持っている。ふたりとも少々その自信が過剰なところがあるが、レイは殊に過剰生物愛護主義が重なって“地球という自然界の母たる存在”としての誇りが高い。そのため、“母たる存在”として、自然な形で“自然の子”を生みたいと思いが強く、育卵球を使わずに自らの腹で児を育てることに決めた。アスハは不安そうにしていたが。
さて、前出のように、アスハとレイの二人がほほ全ての力をマスターした人物であったため、五人の子が力を合わせると「完璧」となるように遺伝子は自然と設定されていた。
第一児イスティーム・オール=ロード、「信」を専門能力とする。
父親譲りの、金色から色が変わる髪で、深い焦げ茶色の瞳を持つ。完全体は馬に似ている。父・アスハを尊敬し、受けた「信」の力を尊敬している。様々な点で、兄弟の中で一番父親に似ている。
長男であることもあって最高級の「信」を扱うことが生まれながらに可能である。いわゆる”絶対信”を、彼は誇りだと思っている。以降の一族はある意味名門となるが、それをアスハは予測し、「信」の一族である誇りから驕ることの無いように、『掟』の一つ「尊敬」="イスティーム"を名につけた。
第二児はグラヴィディ・ストーム、「風」を専門能力とする。
群青よりも深い青い髪と、青い瞳を持つ。完全体はするどい爪を持った脚が4本ある黒い大きな鳥だが、母親に似て肌が白っぽく、清楚なイメージを受ける。
彼は長男・オールに次ぐ児であることのプライドを秘め、厳粛・冷静で現実的、全力を出すと「信」に匹敵するくらいの力を発揮する。
第二児はスティル・カーレント、「水」を専門能力とする。
茶色の髪に、青緑色の瞳をしている。完全体は龍。ロード家は基本的にイヌやウマなどのほ乳類、または鳥類の家系なのだが、眠っていたと思われる龍の遺伝子が突然彼に発現したようである。ロード家に龍が現れるのはかなり稀である。
母・レイ譲りの落ち着きと優しさがあり、彼が怒ると水を打ったように静かになる。しかし彼は滅多なことでは怒らなくて、そういうことはほとんど無い。彼は怒るより先に涙が出る。泣き疲れ怒りが頂点に達したときに初めて表に怒りが表れる。
第四児はバーン・フレイム、「炎」と「光」を専門能力とする。
焔のような紅の髪と瞳を持つ。完全体は狼によく似ている。
表には父の快活さと自信過剰な身振り、裏には母の落ち着きと一種の孤独感が影を落としている。おそらく両親の血を一番バランスよく受け継いでいるだろう。
第五児はストロング・アース、「土」「化」を専門能力とする。
母親によく似た黒い髪と瞳を持つ。完全体は猫に似ているが、猿のように両手を器用に使う。
一番控えめで静かなアースだが、実際戦えば兄三人も舌を巻くぐらい強い。
兄弟が生まれた場合、親がかわいがるのはたいてい末っ子で、それに兄姉が怒って末っ子をいじめる事に自然となりうることはわかっていた。オール達が、特にフレイムとスティルがそんなことをしないのもわかっていた。しかし念のため、彼は五人平等に厳しく教育した。
またアースは幼いときから病弱だった。風邪はしょっちゅうひくから、いつもフレイムが傍に立っていた。生まれたときも、前の四人に比べてか細い体だった。名は生後六ヶ月の時につけられた。強くなるように、大地のように“堅いからだ”を保てるように。
そういった、親と兄たちからの過保護下にいることで、アースの心は次第に暗くなっていった。
アスハ達は地球の統治を自らに託した抽象神の協力を得、人間を含む多くの動物を育てた。
目指すものは“安息の地”。闘いの生まれぬ桃源郷を目指していた。
人間が神を侮ろうとも、大地を支配しようとも、決して人間を滅ぼすということはしなかった。それは彼らにとって最悪の策なのである。
もし、この先人間がどんな策を講じても救いようのない愚者となるのであれば、彼らは即座に人間を完全に削除するつもりである。自然の一種族よりも、それを育てる自然を選ぶことは当然である…。
地球を育てる者として、このときアスハとレイはもっとも賢明な判断をした。
程なくして、五人の児等にも、児を持つ時期が来た。
児を生むのは殆どすべての生物で雌であり、卵と精子から発生するが、一般、児は初め受精卵を包む肉の塊として腹の中に生成される。それから奥に”結晶”が生成される。これが成長してクリスタルとなるのだが、先にも述べたように親によって、また遺伝子の組み合わせによってクリスタルの色・形・中に潜んでいる能力は異なってくる。アスハとレイの場合でも、生まれてくる子供の能力やクリスタルの色・形などは決して同じだとは限らない。
クリスタルの大きさは一定していて、生物が生まれて間もない頃はゴマ粒のように小さい。そのクリスタルを被うエネルギー体が魂であり、躰となる肉の奥で息づいている。
魂はある時期が来ると光を伴って拳ぐらいの肉塊と共に腹の表面から抜け出してくる。そしてたいていの種族では、育児球の中に入れられ、肉の塊から生物の躰へと成長していくのである。
育卵球の中から出るとやっと“出産”なのだが、出産後、数ヶ月もすると歩けるようになり、早いと一年で喋られるようになる。
第一児、オールは自力で一つの躰内に卵と精子を作り、一個体の内で児を生んだ。時期が来ると卵を包む殻が割れ、力の主な源となっていた精子とが受精できるよう設定した。彼の「信」の力はそこまでできるほど強かった。彼の子孫は、父アスハの予想通り「信」の一族となり、この出産方法を受け継いだ。一つの血で繋がった彼の一族のことを、『血族』という。
次ぐストームは「信」を扱えなかったし、ちゃんと異性の恋人もいた。だから普通に妻・レイザス(雷族)は児を生んだのだが、二人とも“神の一族”であることの誇りが高く、外の血の者に一族の一線を踏み越えてほしくなかった。
そのため二人は児等に伝えた。配偶者は全て“神の一族”の者でなければならない、と。族内の者は忠実にそれを守った。以後、風を主とした彼の一族を『翼族』という。
三男のスティルには、誇りはあった。しかしストーム達の考えと少し違うのは、“父母の血と、宇宙に住まう人々の血を区別する必要はない”ということだった。そのこともあって、彼と彼の妻・サラァ(x-fish)は、配偶者は“宇宙の生物”のみであることを後生に示した。さらに彼は、悪魔族は決して迎えてはならない、と付け加えた。
いわゆる“正当な血のみ”で繋がる彼の一族を、以後『龍族』という。
四番目のフレイムは配偶者など気にする性格ではなかった。故に人間でも自族でも良かった。流石に悪魔族は嫌だったそうだが、その分妻を選ぶのに時間がかかった。結局兄弟五人の中で一番後に妻を迎えたのだが、妻はフェルザ・エルヌ、鳥族だった。
彼の一族は『焔族』というが、他と区別して『火焔族』とも呼ばれる。
末のアースは地球上の全ての者に美しさを感じていた。故に宇宙出身の者よりも地球出身の者に強い魅力を感じていた。その場の空気が落ち着くのだという。そういうことで彼と彼の妻・フェレルナ(地球自族)は、配偶者を地球出身者に限った。
一族は自然に従う族、と言う意味で『従族』という。
五人は児を増やし、地球上のそれぞれの家でそれぞれの家族を養った。しかし家族が増えるうちに、アースを除く四人は、家族をどこに置くべきか迷った。アースは「化」で地球という世界に上手く溶け込んで、そんな懸念はなかった。しかし姿を地球の自然界に沿った形に変えることのできない一族は、成長期で沢山の生物たちが闊歩している地球には、土地が少なすぎる。陸の上に作るにも、空の上に作るにも地球生物の発展を阻害しかねない。四人は自らの足の置き場に困っていた。
末のアースは自族と混ざり合っているため、何ら違和感もなく地球に根を下ろしていた。
彼らは視点を変えた。―――宇宙だった。
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