ロード家 05 - 兄弟
黒と青の兄弟は、まるでふたつでひとつであるかのようだった。
他の兄弟とは離れて、生涯、支え合っていた。
彼らはちいさいころから、何も変わらない。
ストームとスティルが、ある日父の書斎に来た。
「父上、僕ら、宇宙に行きたいのです。手を貸していただけませんか?」
アスハは書斎の大きな机に向かって、これまた大きな焦げ茶色の木製の椅子に座っていた。机の上にはたくさんの書物や機械が無造作に置いてある。それほど汚くもないが、母レイが見たら奇声を上げる。この書斎は、レイは滅多なことでは立ち入ってはいけない(と、アスハが決めている)範囲の部屋である。
初め驚いていたが、すぐにいつもの顔で、視線を二人から外して、考えるそぶりを見せる。それから椅子に深く座り直して、再び二人を見た。
「それは好奇心か?ただ宇宙に関して知りたいだけか?」
「はい。それもありますが、僕らは家族を住まわせる場所がないのです。ですから宇宙のどこかにないかと。」
「空間を使えばいい」
「他の空間にはすでに文明が開かれています、父上もご存知の通り。そのなかにはいるのはあまりにも…」
ストームは不満そうな顔を父に向けて、言葉を濁した。父はため息をついた。宇宙には行かせたくないらしい。
「オールは空間創造ができたか?」
「さあ…できるんじゃないでしょうか。」
驚きながら二人は曖昧な答えを返した。それにまた父はひとつ息を吐いた。スティルは肩をすくめて、『信』についてはからきしわからないもので、と付け加えた。
「空間」とは、一般に物体が存在している“世界”のある範囲のことを言うが、ある“世界”全体を言う時は「基礎世界(メイン・ウォールド)」と呼ぶ。これは宇宙全体や、ひとつの銀河系や惑星にある“世界”を含んでいる。
地球のように良質な実と土に恵まれた、ナチュリア・ブルー・アシズムを満たす惑星には、たくさんの生物が集まり、住みつく。ひとつの世界(土地)にこういった生物が生息するのは不可能なため、「空間」を何層にも重ねて土地を増やすのである。
このようにして、基礎世界と同じ場所にあって、同じように自然界が機能するように作られた空間を「複製世界(コピー・ウォールド/コピー・フィールド)」という。
この世界は、もとの「基礎世界」と地形や生態系が同じというわけではない。同じ歴史をたどらせて同じ世界を作ることもできるだろうが、同じ世界にならないようにもできる。また、別々の複製世界にいる人同士がお互いを見ることはできない。特殊な移動手段を使えば任意の世界に移動できる。
また、基礎世界の範囲の一部のみを複製した「複製空間」も、ひとつの惑星の世界層に入っていることがある。新しい土地はほしいが星一つほどではない、という時に使う。
「空間」は作った者が全ての権限を持つ。自分が作った空間を後で拡げることも狭めることもできる。「空間」は、どんな形でも、どんなものでもいい。その中も、初めから何もない空間を作ることもできるし、能力次第では作った者が想像した“世界が入った”空間を作ることもできる。
アスハの問いは、オールが作った「複製空間」が存在するか、またはオールが新しく「複製世界」を作れるかと言うことだ。
調べればすぐにわかる。オールに直接聞けばすぐにわかる。
(しかし…今は……)
アスハはストームに向き直った。とりあえず、当面の問題について片付けることにした。
「……今の宇宙が、どのように”区分け”されているか、知っているか?」
アスハの突然の問いに、二人ははぁ、と首を傾げた。
「連合軍、ですか?」
「それ以上にだ」
短い言葉だが、アスハは二人の言葉の真意を理解する。そして宇宙に関してそれだけの認識では不十分だ、と返した。
父の対応の真意が読めないスティルは、おずおずと口を開いた。
「ええと、生物はおおよそ血筋ごとに種族分けされていますから、およそひとつの銀河団をひとつの種族が支配するかたちで、今は収まっているはずです。各地で土地争いは起きているそうですが…、連合軍や、貴族邸がその抑制をしているとか」
世界には、様々な種族がいる。大きく分けて魔族・獣魔族・悪魔族・自族、といったくくり方はできるが、それよりももっと細かく、「血統」というもので区別されている。
「血統」は、すべての種族をまとめて、爵位によって段階分けしている。つまり爵位を持つ「貴族」と「貴族でないもの」がここで分かれるのである。およそ魔族や悪魔族に「貴族」が集中し、それ以下は魔族・獣魔族・自族に散らばっている。
こうした「血統」はもともとはすべていくつかの「貴族」を発端とし、その混血種族や傍系が次々に生まれ、「血統」が薄まるにつれて爵位を失ったと言われている。詳細は不明だ。
「まあ、間違いではない」
散らばった庶民たちは、自らに合った土地で生活し、文化を創り出して今に至っている。「貴族」も基本的にはそうだ。
しかし、「貴族」は民を雇い、土地を増やして農地を広げ、税を取って暮らしている。雇われていない庶民たちとて、反映すれば己の領地を広げるものだ。
(現に、今この二人がそうだ)
もともと、「貴族」が持っていた土地はさほど広くはなかった。惑星二,三個といったところか。詳細はやはりわかっていないが。対して庶民たちは自分たちの土地を広げて開拓していった。そうして銀河を一つ、二つと進出して、最終的に銀河団およそ一個をひとつの種族が治めるようになったのだ。それが、諍いも大きくなく比較的安定している今。
「その中に、おまえたちは割り込もうとしている」
アスハの言葉に、二人の表情は曇った。
「すでにそこに住んでいる人たちを差し置いて、おまえたちは移り住みつきたいというのか?」
アスハは萎縮する二人を見据えた。
「い、いえ…」
「平和的に、…と…」
考えてますけど、とスティルは語尾を濁した。
「平和的に、済まされると思うのか?」
目下の懸念はそれである。
貴族も、土着的な庶民も、あっさり他種族をまるごと受け入れていくれるとは考えにくい。貴族と庶民との間でさえ土地争いが発生する。最近は種族間の重大な事件がないために、さほど大きな諍いも起きずに安定しているというのに。それを、できたてとはいえ種族二つ分がいきなり土地開拓をしようなど、本当に何十歳ぶりかの重大な事件である。
「ただでさえ、今の連合軍は頭が硬い。説得するのは至難の業といえるかな」
「それでも…」
ストームは、押し殺したような声で言う。
「今の俺たちにとっては、死活問題です…」
瞼を伏せて、少しうつむいている。その眼は揺るがない。スティルも、唇をきゅっと結んでいる。瞬きのたびに睫がふるりと揺れる、その奥の光をアスハは見つめる。
強い光を感じたような気がして、アスハはため息を一つ吐く。
(何度か見かけたことはあるがなぁ…)
さて誰の双眸に見たんだったか、と記憶の底に意識をやった。
「父上、今の宇宙の状況も、俺たちにとって宇宙で必要なことも、わかっているつもりです。どれだけ難しいかもわかっているつもりです。ですが、俺たちの一族はみんな、ある程度の苦難は承知しています。犠牲を払ってでも………出したくはないですが、…そうでないと、将来的に、…」
ストームは最後まで言えなかった。
その先の言葉を、アスハは推測する。さほど大きくはない地球に、すでに何層もの世界空間を作り、増えない土地を増やしている。空間を作るのはもう限界に近い。星が保たない。血族、翼族、龍族、焔族、従族。数多いアスハとレイの子供のうち、年長の五人がアスハたちの家系から外れて始めた種族。これからまだまだ大きくなるだろう、それを止める権利はない。しかしこれ以上人口が増えれば、明らかに空間が足りない。
兄弟種族間で、争いが起きる。
「……そうだな」
ストームの細い掌が硬く握り拳を作っている。震えている。耐えられないのだろうと結論づけると、いい息子を持ったなぁとぼんやりと思う。
「いいだろう。時間の問題と言うだけだ。難解な問題は早くに片付けるに越したことはない」
二人は息を呑んだ。
「船をやる。座標地図も私のを使えばいい。連合軍の総司令、連合政府に掛け合えるパスポートも渡しておこう」
スティルの表情がぱああっと明るくなる。ストームも目を瞠っている。それまで竦んで沈みがちで前屈みだった二人の背が、ぐっと伸ばされている。アスハは苦笑した。
手伝えることは手伝ってやる。しかし、やるのは彼らだ。
「ただし、私は口出ししない。自分たちだけで交渉してこい」
(私ではない)
アスハは地下倉庫の鍵を取り出し、自分の地下倉庫から持って行くものを取り出すように指示した。ストームとスティルは羅針盤や宇宙基準時計など、宇宙で生活するための必需品はある程度知っている。過去何度かも、観光旅行感覚で宇宙に繰り出した経験がある。そのため座標地図も小さいものは持っていたが、アスハが持っているものはかなり大きいものだ。
二人が持ち得ないもので、交渉に必要なものは用意してやる、あとはがんばれ、と、アスハは笑いかけた。
二人にはそれで十分だった。
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